
第62回 経営学(マーケティング) 経営学部 経営学科 松井 彩子 講師
SNS、AI時代のマーケティングコミュニケーション

経営学部 経営学科 講師
松井 彩子Matsui Ayako
立教大学経営学部国際経営学科卒業。同大学大学院経営学研究科修士課程、NEOMA BUSINESS SCHOOL PROGRAMME GRANDE ECOLE GRADE DE MASTER(Rouen, France)を修了。一橋大学大学院経営管理研究科経営管理専攻博士課程修了。博士(商学)。文教大学経営学部助教、一橋大学大学院非常勤講師等を経て、2022年より現職。専門はマーケティング、経営学、商学。
多くの人がSNSを使って情報収集している今、企業活動においてもSNSの活用は最も関心の高い分野の一つになっています。松井講師は企業がSNS上で展開するマーケティング活動に注目し、企業と消費者が互いに与える影響力を解き明かす研究に取り組んでいます。SNS、さらにAIが社会に浸透する中、デジタル時代の新たなマーケティングコミュニケーションにアプローチする松井講師の研究を紹介します。
研究の背景
SNS上で影響し合う企業と消費者
SNSの発達は、情報の流れを大きく変えました。マスメディアからの発信を一方的に受け取っていた時代から、人々が受け取る情報を選択したり自ら発信したりすることが当たり前になった今、企業のマーケティング活動も、消費者への一方通行の働きかけから、双方向性を意識したものに変わりつつあります。そうした新しい潮流の中で、SNS上のマーケティングにおいて企業と消費者の間でどのようなコミュニケーションがなされ、互いにどう影響し合っているのかに関心を持ち、大学院時代から研究を続けています。
研究について
「口コミしない消費者」の影響力を検討

私が今、研究で焦点を当てているのは、企業と消費者が相互に影響し合う「マーケティングコミュニケーション」です。マーケティングコミュニケーションとは、企業の視点ではモノやサービスを売るための訴求プロセス、消費者の視点ではモノやサービスが買うに値するのかを確認するプロセスと考えることができます。SNS上のマーケティングコミュニケーションでは、企業と消費者の間だけでなく企業と企業の間、消費者と消費者の間でも情報のやり取りが行われるため、複数のプレーヤーの存在を考慮しながら、どのようなコミュニケーションが消費者に影響を及ぼし、企業に良い影響をもたらすのかについて研究しています。
直近で取り組んでいるテーマの一つに「口コミをしない消費者」の影響力の検討があります。SNSのユーザーの大半は、主に情報探索や友人同士のコミュニケーションにSNSを利用しており、頻繁に口コミを投稿する人は少数派です。そのため、SNSでのマーケティングと言えば、情報発信に積極的なインフルエンサーやセレブの影響力に注目が集まり、一般のユーザーは“影響を受ける側”と捉えられていた面があります。しかし実際には、積極的に口コミをすることはなくても、多くの人が「いいね」やリポストといった行動を取り、それがアルゴリズムを通じて情報の拡散に影響を与えている可能性があると考えています。
一般消費者のSNS上の行動がマーケティングに影響を与えた例として、ある企業が人気アニメとコラボした広告を駅に掲出したところ、意図せず“バズった”事例があります。広告はたった1つの駅にしか掲出されなかったのですが、その駅を使っていた一般の人の投稿をきっかけに、おそらく企業側の意図を超えてあっという間に拡散されました。このことは、SNS上において、一般ユーザーの何気ない行動が、企業が有料で行う発信に匹敵する影響力を持つ可能性を示唆しています。一般ユーザーが発信する情報の影響力を測定するため、現在、SNS上の実際の口コミデータの収集・分析、参加者にシチュエーションを伝えて質問に回答してもらうシナリオ実験などの手法を用いて検証を進めています。
AIのおすすめは効果的?
マーケティングコミュニケーションの分野では、他大学の研究者との共同研究で、AIによる推奨が消費者に与える影響についても検討しています。消費者はモノやサービスの購入を検討する際、さまざまな情報源からの“おすすめ”を参考にしています。これまで、おすすめの発信元は企業、インフルエンサー、個人の口コミが中心でしたが、最近、AIという新たな発信者が登場しました。AIによる推奨とは、アルゴリズムであなたにカスタマイズされたおすすめを教えます、というものですが、研究ではそれが従来の発信者と比べてどの程度の影響力を持つのかを分析したいと考えています。

こうしたSNSマーケティング研究の際、私は大規模データの分析と個人の行動分析のバランスを大切にしています。大きなデータから全体的な傾向を捉える定量研究をメインの手法としながら、個々の消費者の動きを把握する定性研究の要素を組み込み、実態に即した研究ができるよう努めています。
また、マーケティングとは別領域になりますが、組織におけるリモートワーク活用、コロナ禍におけるワーク・ライフ・バランスの実態、リモートワークが人事評価に与える影響などの共同研究にも参加しています。こうした共同研究は、集まった研究者がそれぞれの強みや専門を発揮するため、新たな視点を得る貴重な機会になり、個人の研究とは違った面白さや魅力があります。
今後の展望
「信頼と説得」を軸に研究を進めて世界に発信
私が研究において軸にしているのは「信頼と説得」という視点です。現代の私たちは膨大な情報に囲まれ、その中から有用な情報、信じるに足る情報を取捨選択しながら暮らしています。モノやサービスのやり取りにおいても、企業は購入するよう消費者を説得できる仕組みを模索していますし、消費者はどのような情報を信頼して購買意思決定をすればいいのかを探っています。また、近年急速に利用が広がっている生成AIは、大抵の質問に答えてくれますが、その答えはどの程度説得力を持ち、消費者の信頼に足るものなのでしょうか。SNS上に情報が氾濫する今、企業と消費者の間の「信頼と説得」の在り方を考えて行くことには、大きな意義があると考えています。

また、SNS上のコミュニケーションやSNSの影響力は世界共通の今日的な問題であり、政治学や社会学などの領域でも盛んに研究が行われている学際性の高いテーマだと考えています。国や学問領域の違いを超えて広く知見を共有できるよう、海外のジャーナルで研究成果を発表することが、当面の目標です。研究者としてはまだ駆け出しですが、興味を持ったテーマの研究を一つずつ繋ぎ、長期的な展望を構築していきたいと考えています。
教育
消費者としての経験が理解の助けに
マーケティングは、経営学の中でも特に学生のみなさんが自分ゴトとして想像しやすい領域だと思っています。なぜなら、「消費者としての経験」は誰もが持っているため、授業で扱う理論を実体験と結び付けて理解しやすいからです。
私自身も大学で経営学を学び始めたころ、教科書に載っている理論を世の中に当てはめて考えることで、硬い理論がスッと身に馴染むものになり、学問が面白いと思えるようになったことが、研究者としての今に繋がっています。そうした感覚を学生にも味わってもらえるよう、経営学やマーケティングが自分に繋がっている、面白いなと感じてもらえるような授業を心掛けています。私が現在研究しているSNSは特に身近な題材ですから、例として紹介するとイメージがわきやすく、興味を持ってくれる学生も少なくありません。ゼミ生の中には、次年度のゼミ生募集のためにSNS運用をしてみたいという声も上がっていて、関心の高さを感じます。

ゼミではマーケティングをテーマに学びを深めますが、毎年ゼミ生には私から「身に付けてほしい力」を伝えています。専門知識のほか、マーケティングに必要な分析力、問題を発見する力などいくつかあるのですが、私が特に重視しているのがリーダーシップです。今の社会では、いくら知識をたくさん持っていても、一人で仕事やプロジェクトを完遂することは難しいでしょう。社会で活躍するための基礎力として、ゼミの中で他者と協力して活動する力を養ってほしいと考え、ゼミ生を3、4人のグループに分けて、各グループで90分程度の授業を行ってもらっています。ディスカッションのテーマ設定、時間配分などはすべて学生に任せ、みんなの学びが促進される授業を考えてもらうのですが、その過程で人を巻き込んでいくリーダーシップ、チームに欠けているものを補うリーダーシップなど、学生一人一人が自分の個性を生かせるリーダーシップを身に付けてほしいと願っています。
人となり
意外(?)に忙しい大学教員の日常
大学の教員が毎日どのように過ごしているか、ご存知ない方も多いと思います。授業以外の時間にも、自分の研究、大学運営をスムーズに進めるための学務の仕事などがあり、スケジュールが詰まっているんです。特に研究は、先行研究の論文を検索して読んだり、これから取りかかる論文の骨子を考えたり、調査や実験を始める前段階にも手間と時間がかかる作業がいろいろあります。研究が忙しくなると、週末に自宅でパジャマのまま作業をしたりすることもありますね。
研究で一番大変だったのは、博士論文を書いていた時期ですね。私は身支度をきちんとしたいタイプなのですが、その時期は化粧をする時間すらもったいないし、寝不足でコンタクトも入れられないし……。すっぴんにメガネで大学院に行くと、いつもと違う私を見て心配したのか、先生方からの指摘がちょっと甘くなっていたような気がします(笑)。

平日に座りっぱなしで仕事をしている反動で、休日は体を動かしたくなります。ランニングや水泳をすることもありますし、ゼミの学生たちと一緒にスポーツ大会を開いたりもしています。プロスポーツを応援に行くのも好きで、野球、サッカー、ラグビーなど、割と何でも観ます。とにかく試合会場の雰囲気や歓声がすごく好きで、しかもスポーツ選手の競争って熾烈じゃないですか。試合という目に見える場所でバチバチに競争している人たちはすごいなといつも感心してしまいます。
紅茶でリラックス
中学生ぐらいの時から紅茶にハマって飲み続けています。アールグレイが好きで、朝や忙しい時はティーバックで簡単に、時間がある時は茶葉からじっくりいれて楽しんでいます。

学生時代にフランスとカナダに留学していたのですが、どちらの国も紅茶のブランドがたくさんあり、留学中の癒やしになっていました。海外出張のおみやげにも必ず紅茶が入っていて、いつの間にか自宅や研究室にいろいろなブランドの紅茶が集まってしまいました。できればずっと紅茶を飲んでいたいのですが、日本の夏は紅茶を飲むにはちょっと暑すぎるので、炭酸水で代用しています。ゼミ生曰く、私は「一年中紅茶か炭酸水しか飲んでいない」そうです。
読者へのメッセージ

現実のマーケティングや購買行動を見ていると、研究結果通りになっていないケースは珍しくありません。企業が「こうすれば説得できるはず」と考えたことがうまくいかなかったり、消費者が信頼するべきでない情報を信頼してしまったりすることも多々あり、「信頼と説得」は面白くも難しいなと感じます。私たちは誰もが消費者であり、マーケティングの当事者です。ぜひマーケティングの理論に触れ、自分の実体験と行き来しながら、マーケティングの不思議さや面白さを味わっていただきたいと思っています。
取材日:2025年5月