学問の地平から
教員が語る、研究の最前線
第21回 宇宙科学・教育学
本学の教員は、教育者であると同時に、第一線で活躍する研究者でもあります。本企画では、多彩な教員陣へのインタビューをもとに、最新の研究と各分野の魅力を紹介していきます。
第21回 宇宙科学・教育学教育学部 教育学科 高橋 典嗣 教授
科学の感動を伝える理科教育をめざして
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Profile
千葉大学大学院人文社会科学研究科・博士後期課程(単位取得満期退学)、理科教育・科学教育を専攻。2017年4月より現職。日本学術会議天文学国際共同観測専門委員、学校科目「地学」関連学会連絡協議会議長、いわき天体観測所理事などを歴任。専門は宇宙科学、地球科学、理科教育など。地球接近小惑星の観測研究に携わり、2007年から15年まで日本スペースガード協会理事長を務める。理科教員の養成に加え、児童生徒向けに「星の学校」「地球探検隊」「スペースガード探偵団」などの科学体験活動を主宰して宇宙科学の啓発にも取り組んでいる。
太陽系惑星空間には大小さまざまな小惑星が存在します。その中には、地球に接近して衝突する可能性があるものが、観測されているだけでも2万個以上あり、小惑星衝突を予測して回避するための観測や宇宙での実験も始まっています。地球接近小惑星の観測をはじめとする宇宙環境の研究に従事し、現在はその経験を生かして、理科教育の教材開発や教員育成に取り組む高橋典嗣教授の研究をご紹介します。
研究の背景
宇宙環境と理科教育が研究の二本柱
私は元々、太陽の外層大気である太陽コロナや、太陽風の勢力圏である太陽圏の研究を専門にしていました。太陽系惑星空間に太陽が与える影響について研究していく中で、関心を持つようになったのが、太陽と同じように地球環境に影響を及ぼす小惑星衝突の問題です。「小惑星が地球に衝突する」なんて映画の中の話だと思われるかもしれませんが、そもそも地球を含む太陽系はガスや塵が衝突してできあがったわけですから、地球に小惑星が衝突するのは当たり前のこと。もちろん太陽系が生まれたころほど頻繁ではありませんが、現在も衝突が起こる可能性はあります。そこで、地球に接近する小惑星を観測して衝突の危険を予測する「スペースガード」の研究に20年ほど前から携わっています。
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▲太陽コロナの2次元温度診断の観測に世界で初めて成功した画像
 (1998年グアドループ島にて観測)

また、太陽コロナの研究中は、皆既日食の観測に合わせて世界中から日本の学校に向けて遠隔授業を行い、スペースガード探偵団など科学体験活動を通じた教育活動にも取り組んできました。研究者として、いかに科学の素晴らしさを学校教育の中で伝えるかを考え、実践してきた経験を生かして、大学では理科教育の指導や研究に注力しています。
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▲高橋先生の著書

研究について
宇宙の小惑星から地球を守るスペースガード
突然ですが、恐竜がなぜ絶滅したか、みなさんはご存知でしょうか?少し前までは火山の噴火説が有力だったのですが、ここ40年の研究で、小惑星衝突とその後の気候変動が原因であることが明らかになっています。

1980年、イタリア・アペニン山脈のグッピオで、恐竜が絶滅した6550万年前の石灰岩層の中にある厚さ1cmほどの粘土層から、イリジウムや衝撃石英が発見されました。2つの物質の存在は、その時期に宇宙から小惑星が落下したことを示唆するものです。それを検証するため、世界中の科学者は調査研究を行いました。その結果、メキシコのユカタン半島には、直径200kmほどの大きなクレーターが半島の先端部から海中にかけて存在しており、これが直径10㎞の小惑星の衝突によって形成されたものであると明らかになりました。そして、衝突に伴う衝撃波や巨大津波、さらに大量の塵によって起こった寒冷化などの気候変動が、恐竜をはじめ多くの生物を絶滅させたことがわかったのです。
小惑星の衝突は、地球の環境を大きく変え、地球上の生命を絶滅させる可能性がある。それが明白になったことで始まったのが、宇宙の小惑星から地球を守る「スペースガード」のための観測です。

スペースガードの観測では、小惑星を発見してその軌道を決定し、地球の軌道に接近する「地球接近小惑星」を探していきます。軌道の決定には、発見した小惑星を国際協力によって追跡観測する必要があります。そのため、各国に小惑星観測を目的とした天文台が作られました。日本も1999年に岡山県の美星スペースガードセンターを開設し、観測をスタートさせています。私は2007年から約8年間、この天文台で観測を行う日本スペースガード協会の理事長を務め、1年間に800個ほどの新天体の発見と小惑星の軌道決定の観測・研究に携わってきました。
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▲理事長を務めていた頃の美星スペースガードセンター
 (撮影:高橋先生)


「天体を動かす」プラネタリーディフェンス
1990年代以降、観測によって多くの地球接近小惑星が発見されました。恐竜を絶滅させた直径10㎞サイズはもちろん、大都市に落下すると都市圏内が消滅する直径150m規模より大きな小惑星は、軌道の決定がほぼ終わっています。

しかし、今の観測態勢では、発見できる小惑星に限界があります。2013年2月15日、ロシアのチェラビンスク州では、上空28㎞で小惑星が爆発し、細かく粉砕された隕石が70kmにわたって地上に落下しました。隕石は凍ったチェバルクリ湖の湖面に6mの穴をあけました。幸い、隕石が人にあたることはなかったのですが、爆発の衝撃波が半径50kmの範囲にある建物の壁や窓ガラスを破壊し、州都のチェラビンスク市内では、約1,500人がけがをする大災害が発生しました。これは、人類史上初めて明確に記録が残る「小惑星衝突による自然災害」となったのですが、この時落下してきた小惑星は直径20mほどと小さく、事前に検出することができませんでした。

チェラビンスク隕石をきっかけに、より小さな天体を観測できる大型の観測設備と、衝突を回避する方法を検討する「プラネタリーディフェンス」の取り組みが今、世界に広がっています。

プラネタリーディフェンスの基本的な考え方は、地球接近小惑星を早期に見つけ、接近までの間に小惑星に負荷をかけて軌道を変えるというものです。NASAは2021年11月、プラネタリーディフェンスの実証実験のため、探査機DARTを打ち上げました。2022年秋には、二重小惑星の主星の周りを回る小さな衛星にDARTを衝突させて衛星の公転周期を変え、それが主星の軌道にどう影響を与えるのかを検証する計画です。これまで人類は、「天体を動かす」ことなど、考えてはみてもやろうとしたことはありませんでした。それを初めて実行しようとしているのですから、ずいぶんおもしろい時代になりました。