学問の地平から
教員が語る、研究の最前線
第21回 宇宙科学・教育学
本学の教員は、教育者であると同時に、第一線で活躍する研究者でもあります。本企画では、多彩な教員陣へのインタビューをもとに、最新の研究と各分野の魅力を紹介していきます。
第21回 宇宙科学・教育学教育学部 教育学科 高橋 典嗣 教授
科学の感動を伝える理科教育をめざして
今後の展望
確実に予測できる天体衝突に備える
天体衝突は、確実に予測できる災害です。巨大地震が何月何日に起こるかは誰にもわかりませんが、「2888年3月18日、直径1.1㎞の小惑星が地球の地上の1万メートル上空を通過する」ことははっきりわかっています。軌道が確定できれば、衝突時刻、衝突場所、衝突で生じるエネルギーを計算し、被害を確実に抑えられる。そこが、天体衝突とほかの自然災害との大きな違いです。

「1,000年に一度」と言われる東日本大震災を経験した日本では、これまでにない長期スパンで起きる大災害のリスクを評価する動きが進んでいます。以前は「杞憂だ」と言われることが多かった小惑星衝突ですが、1,000年単位で考えれば十分起こり得る災害です。また、小惑星衝突は、国の地形や気候にかかわらず、地球上すべての国に共通するリスクでもあります。今後、その重要性を国際的に共有し、連携して取り組みを進めていくことが必要です。
衝突から地球や人類を守るには、観測、軌道決定、落下地点と落下時刻の算出、被害予測に基づくハザードマップの作成までをタイムリーに行う、スペースガードシステムの構築が重要です。そのために、今以上に多くの小惑星をキャッチできる口径3メートル級の大型スペースガード望遠鏡の設置、宇宙ステーションなど地球軌道上での観測、さらに月面に天文台をつくることを提案しています。また、それと同時にプラネタリーディフェンスのミッションを計画するチームの創設も求められます。観測データや研究成果を用いながら、その必要性を働きかけていきたいと考えています。
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▲小惑星衝突から地球を守るための構想
 (観測施設と観測体制)

教育
学生のアイデアを学会レベルに
現在は、教育学部の教員として、理科教育に研究の軸足を置いています。主に指導している理科コースの学生は、歴代みんなとても意欲的でノリが良く、日々楽しい研究生活を送っているところです。

担当する宇宙地球科学教育研究室では、ゼミ生に教材開発などのアイデアを出してもらい、それを学会発表のレベルに引き上げる手伝いをすることが自分の役割だと考えています。数年前には、ある学生のアイデアをもとに「児童に感動を与える教材開発」の研究に学生と共同で取り組みました。地学関係の模型やレプリカが数多くある東京ディズニーシーで現地調査を行い、児童に感動を与える30項目の感動因子について分析しました。その結果、三大感動因子として「大きさ」「精密さ」「本物らしさ」を統計的に導き出し、三大因子に特化した感動を与える教材の製作に、学生が卒業研究として取り組みました。その中の一つがティラノサウルスの骨格標本模型と実物大頭骨模型です。さらに、これらの感動教材を実際に小学校の授業で使って学習効果の検証も行い、教材開発の標準化に役立つ知見を発表することができました。

こうした理科教育の研究は、私が以前行ってきたアカデミックな研究とは異なりますが、これまでの自分の経験や知識を生かし、これからの学校教育を担う学生を育てることに新しい楽しさと魅力を感じています。
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▲ティラノサウルスの骨格標本模型
 (全長2.7m)

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▲ティラノサウルスの実物大頭骨模型

子どもが能動的に学ぶ教材開発を
私の専門である天体に関する教育は、実際に星を観測するには授業外の夜間に時間を設けるしかなく、学校の先生方にとっては取り組みにくい領域です。また、星空観察会やプラネタリウムを見る機会を作ったとしても、望遠鏡をのぞくだけ、プラネタリウムを見るだけの受け身の学びでは、NASAが撮影した木星の写真を見るのとあまり変わりがないように思えます。

こどもたちが宇宙や天体を理解するためには、方位概念、空間概念、視点移動概念を養うことが重要です。受け身の学びではなく、こどもが自分で手を動かして月の満ち欠けを再現する観察箱を作ったり、自身でプラネタリウムの解説を行ったりして、能動的に学ぶことがそうした概念の発達に結びつくのではないかと考え、実証を検討しているところです。
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▲プラネタリウム実習を終えたゼミ生
 (宇宙地球科学教育研究室ではゼミ生によるプラネタリウム投影を行っています)

過去に指導したある学生は、卒業研究で四畳半ほどのスペースでも見られるコンパクトなプラネタリウムのシステムを開発し、教員になった今もその経験をこどもたちの指導に活用しているそうです。今の学校の先生はとても多忙で、時間がかかる教材開発はなかなか難しいと思うのですが、学生のうちに理科のスペシャリストとして必要な教材研究や指導を体験し、その素地を身につけて現場で生かせる教員になってほしいと願っています。
人となり
原点は星が見えない東京の空
小学校4年生の時、理科の授業の一環で星座観察会がありました。当時住んでいた東京都大田区六郷は工業地帯ですから、空は工場から立ち上る煙でかすみ、明るい星がほんの少し見えるだけでした。「もっと星を見たい」という思いから宇宙や天体への興味が膨らみ、中学では天文クラブを作り、高校は天の川が見えるような山奥の学校に進学しました。そこで天文台をつくって観測に明け暮れるうちに、自然に星の研究をする研究者を志すようになったのです。
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人類の歴史を変えたシレンテの小惑星衝突
宇宙科学の研究では、世界中のさまざまな場所に足を運び、現地調査を行いました。中でも忘れられないのが、イタリアのシレンテクレーターの調査です。

ローマの東に位置するシレンテ平原には、小惑星の衝突でできた直径140mのクレーターがあります。その調査に訪れた時、たまたま近くのセチナロ村のパーティーに招かれ、村長さんに村の教会に残る言い伝えの話を聞きました。「空から光が降ってきて大地が揺れ、キリストを抱いたマリアが現れた」というその言い伝えが記録された時期は、紀元2~5世紀。これはシレンテクレーターが形成された年代と一致しています。

そのことが気になり、帰国してからも文献を調べていたのですが、そのうちに面白いことがわかってきました。
ローマ帝国の皇帝の一人であるコンスタンティヌス大帝は、混乱していた帝国を再統一し、初めてキリスト教を公認した皇帝として知られています。312年、コンスタンティヌス大帝はミルウィウス橋の戦いという大きな戦いに勝利するのですが、この戦いでコンスタンティヌス大帝は「空に現れた十字架」を見て劣勢を跳ね返し、その体験がキリスト教を公認して自らも改宗する動機になったと言われています。隕石が落下する時、その軌跡には必ず雲が発生します。実は、コンスタンティヌス大帝が見た十字架がシレンテに小惑星が落下する時の雲だとすると、いろいろと辻褄があうのです。また、コンスタンティヌス大帝は、330年にコンスタンチノープル(現在のイスタンブール)に新たな都を建設しますが、その方向はシレンテに隕石が落ちてきた方向と重なっています。

偶然行った村で聞いた話が、世界史の教科書に出てくるような出来事につながったことは、本当に驚きました。シレンテの小惑星衝突が人類史に大きな影響を与えたのかもしれないと考えると、なんだか感動してしまいますね。
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▲小惑星衝突により形成されたイタリアのシレンテ平原にあるクレーター

―読者へのメッセージ―
太陽と地球がある銀河系には1,000億個の星々が輝いています。今回、小惑星衝突を予測して回避するお話をしましたが、仮に地球の生物が小惑星衝突で突然いなくなってしまっても、宇宙全体にとっては小さな出来事に過ぎません。私たち人間の存在は本当にちっぽけです。しかし、そのちっぽけな人類が、宇宙がいつ生まれ、どんな風に現在の形になったのかを解き明かすことができる素晴らしい科学技術を持っている。これもまた、紛れもない事実です。

ちっぽけだけど素晴らしい私たち人類の力。それを、これからの地球、宇宙、そして楽しい社会づくりに役立てていきたいですね。
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取材日:2022年3月