第22回 サステナビリティ学 工学部 環境システム学科 白井 信雄 教授
地域のサステナビリティを高める方法論を構築
工学部 環境システム学科 教授
白井 信雄Shirai Nobuo
大阪大学工学部環境工学科卒業。大阪大学大学院環境工学専攻修了。博士(工学)。技術士(環境部門)、専門社会調査士。民間シンクタンク勤務、法政大学サステイナビリティ研究所教授、山陽学園大学地域マネジメント学部教授を経て、2022年4月より現職。専門は持続可能な地域づくり、環境政策論、環境学。
今、社会のあらゆる場面で重視されているSDGsやサステナビリティ(持続可能性)。これからの世界がめざす「持続可能な発展」に向けて、環境面はもちろん、地域の活力、経済の活性化などさまざまな観点から将来目標を考え、実践を進めていく必要があります。特に地域の視点から持続可能な社会づくりに注目し、民間シンクタンクでの経験を生かした実践的な地域づくりの方法論の開発、普及に力を尽くす白井信雄教授の研究をご紹介します。
研究の背景
「環境」対策だけでは持続可能な発展にならない
気候変動(地球温暖化)は、人類が持続可能であるために、最優先に取り組まなければならない課題の一つとなっています。日本でも現在、2050年にゼロカーボン社会の実現(二酸化炭素などの温室効果ガスを減らし、森林による吸収分などと相殺して実質的な排出量をゼロにすること)をめざして、再生可能エネルギーの活用や省エネルギー技術の導入が積極的に進められています。 しかし、気候変動対策さえやっておけば持続可能な社会になるかというと、それほど単純な話ではありません。たとえば、メガソーラーによる太陽光発電はCO2排出量削減につながりますが、配慮に欠ける場合、一部の施設では「景観や生態系を壊す」「土砂災害のリスクが高まる」といった地域の持続可能性を損なうような問題も発生します。国の持続可能な発展を考えれば、環境対策と経済発展を両立させるグリーンニューディール政策は重要ですが、そのことが地域間の格差を助長する可能性もあります。持続可能な発展のためには、気候変動対策に最大限に取り組みつつ、同時に地域の経済・社会、公正・公平等の側面に十分に配慮していかなければいけません。
研究について
適応策やゼロカーボン、SDGsの地域実践を研究
私は1990年代から「持続可能な地域づくり」に関心を持ち、これまで地域住民によるボトムアップ型の活動を支援する理論的枠組み、計画や協働の手法を研究テーマとしてきました。特に、2010年からは、気候変動の地域への将来影響を地域課題としてとらえ、それに対する「適応策」をどう実装していくかという研究をしています。 適応策とは、緩和策(ゼロカーボンを目指す対策のこと)を最大限に実施しても避けられない影響に対する備えのことです。例えば、農作物を品種改良して高温でも育ちやすいようにする、豪雨災害に備えてハザードマップを作る、熱中症患者の増加に備えて街を緑化し、涼しくするといった対策が適応策です。現在は気候変動予測の精緻化が進み、1kmメッシュというような細かな範囲で気温や降水量の変化を予測することができるようになりました。その予測結果を活かせば、それぞれの地域の実情に合った適応策を考えることも可能です。実際に地域にうかがい住民のみなさんとのワークショップなどを通して、実践的な適応策の検討、普及啓発などを行ってきました。
また、2050年のゼロカーボンやSDGsというグローバルな課題に対して、地域で主体的にどのように取り組んでいくか、そのプロセスについても研究を進めています。ゼロカーボンへの取り組みでは省エネルギーと再生可能エネルギーの技術導入の効果を計算するだけで終わってしまい、その先の実践に繋がらないケースが珍しくありません。SDGsについても、多くの人や企業が「実際に何をしたらいいのかわからない」とモヤモヤしている現状があります。
地域が動き出すには市民団体や企業で活動の中核を担う人材を増やすことが必要だと考え、岡山市で気候変動対策を担うフロントランナーの育成塾を企画、運営しました。地域の主体がゼロカーボンやSDGsを達成した地域社会のビジョンを描き、その実現のために住民や事業者が地域ぐるみで何をすべきかを、バックキャスティングの方法で考え、実践に移していけるよう、「ビジョンづくり・プロジェクトづくり・人づくり」を一体とした実践と学びのシステムの構築に取り組んでいます。
求められる“現場の解”を探る力
最初にお話ししたとおり、私たちが持続可能な発展を実現するために考慮すべきことは環境面の配慮だけではありません。そのことを示すある実践例をご紹介したいと思います。 数年前、私は市田柿(いちだがき:小粒の干し柿)の産地として知られる長野県高森町で、気候変動への適応策に関するアクション・リサーチを企画し、町行政と一緒に仕事をさせてもらいました。高森町及び周辺地域では近年、気候変動による気温上昇が原因で特産品である干し柿の生産過程でカビが発生してしまう被害が深刻になっている可能性があります。そこで、生産者にアンケートを行ってみると、カビの発生には環境以外の要因、たとえば技術や経験の不足や生産設備の差など、社会経済的要因が強く関係しているという地域の実情が見えてきました。さらに深く生産者の意識を分析する中で、カビの被害を防ぐことができていても乾燥設備などの費用負担が重く、市田柿の生産を「楽しくない」「続けたいと思わない」と感じている人が少なくないことも分かりました。
関わる人が楽しく、幸せでなければ物事を持続させることはできません。どうすれば環境対策と楽しさ・幸せを両立させ、干し柿生産を続けられるのか。その方法を考えるため、地域でワークショップを何度も開催しました。生産者や農協、農業試験場の方が意見を出し合い、まとまったのは「周囲や消費者とつながり、助け合いをベースに経営を見直そう」という気候変動対策とは別の角度からの解決策でした。
単純に気候変動への適応だけを問題にするなら、カビを防ぐ乾燥設備を導入すれば解決するかもしれません。しかし、「市田柿と地域の持続可能な発展をどう実現するか」という観点で考えれば、それだけでは課題解決とは言えないのです。環境という領域を超えた多様な要素に目を向け、「現場の解」を求めていく力がこれからの持続可能な社会を実現するために不可欠になるでしょう。
今後の展望
理想と現実のギャップを埋めるトランジションを
課題とは理想の社会と現実の乖離だと定義できます。しかし、理想の社会はどのようなものかを考えずに、目先のことだけを課題としてこれに捉えてしまいがちです。これに対して、理想と現実の乖離を埋めることが政策であり、地域づくりです。どこに乖離があるのか、その乖離はどうしたら埋まるのかをしっかり考えないと、「できるところからやりましょう」という精神論では理想は達成できません。乖離が埋まらず、理想は実現できていないのに、「頑張っている」ことが免罪符になりがちです。 例えば、私たちは今、大量生産・大量消費されたモノを大量にリサイクルして、なんとなくうまく環境問題に対応したように感じていますが、それで理想を達成したことになるでしょうか。リサイクルよりも、リデュースやリユースを優先すべきことは、循環型形成推進基本法にも示されている原則です。モノを大量に生産しない経済・いいモノを長く使う社会という理想を共有し、その実現に向けた取組みにさらに踏み出していかないといけません。
SDGsの理念にも示されている「大胆な変革」を進めるためには、これまでの方法論の延長線上で実現させることには限界があると考えています。
経済成長至上主義から脱成長へ。化石燃料から再生可能エネルギー、エネルギー自治(地域や市民が主導して、エネルギー需給を担う社会)へ。都市のスプロール化(都心部から郊外に向けて、無秩序かつ無計画に開発が進められていくこと)・スポンジ化(空き地や空き家がランダムに数多く発生し、多数の小さな穴を持つスポンジのように年の密度が低下すること)からコンパクトシティへ。東京一極集中から分散型国土へ。外部依存の脆弱性から抜け出し、自立共生を楽しみ、レジリエンス(困難や脅威に直面している状況に対する柔軟な抵抗力)のある社会へ。そして、行政主導・不十分な市民参加と協働から真の市民主導・民主的な社会へ。
そうした意識と構造の転換(トランジション)に、今こそ乗り出していかなければならない。これまでの構造をどう転換すればいいのか、転換が始まっている地域では何が起きているのかという調査研究にも、今後力を入れていきたいと思っています。
教育
サステナビリティの多様な規範を学ぶ場
本学工学部は来年度、現在の環境システム学科を発展させた新学科「サステナビリティ学科」を開設します。持続可能性を専門に学ぶ学科ができるのは、日本で初めてです。私たち教員はサステナビリティを学問として明確に確立し、学生や一般のみなさんにより分かりやすく伝えていかなければなりません。教員としてもチャレンジのしどころだと感じています。 「サステナビリティとは何か」という問いには、唯一無二の明確な答えはありません。また、「サステナビリティが実現した社会とはこれだ」という定まったゴールも存在しません。その答えやゴールは考える人それぞれの立場、経験や知識によって異なります。ただ、一人ひとりが持続可能な発展という理想を追い求めるとき、他者と共有すべき“規範”はあります。経済や地域の活性化、関わる人のウェルビーイング(幸福)、さらに福祉、公平さ、公正さも規範に当たるでしょう。レジリエンス(リスクへの備え)も重要です。そうした多様な規範を体系的に学び、専門的なことを実践に応用する力を身につけることができるのが大学という場です。
学生には教室での講義や学外での実践における人との関わりを通して、さまざまな規範に触れ、持続可能な発展を俯瞰する視点を養ってほしいと思っています。
持続可能な発展のためには環境に関する学びだけでなく、経済学、経営学、心理学、社会学、哲学などさまざまな学問をつなぎ合わせ、統合的アプローチで問題解決を図ることが必要です。
自分の専門領域を持つことも大切ですが、自分の考え方や方法に固執することなく他者と自分の違いを理解し、互いに認め合い、一緒にモノやコトを作っていく「対話と共創」の能力、そして「自分や社会を変えていく力」を身につけてほしいと思っています。将来、学生が理想と現実を繋ぐ実践力を持ち、“現場の解”をつくる人材として活躍できるよう、教員として学びをサポートしていきます。
人となり
浜名湖が遊び場だった子ども時代
私が育ったのは静岡県浜松市三ヶ日町。浜名湖の一番北側にある地域で、小さいころは浜名湖の湖岸が遊び場でした。私が小学生だった1960~70年代は、ちょうど日本で公害が大きな社会問題になっていた時代です。浜名湖でも時々、大きな魚が弱って浜辺に打ち上げられていることがありました。子どもですから、簡単に魚を捕まえられて楽しかったのですが、幼心に「やっぱり水が汚れているのかな」とも感じていました。環境問題に興味を持つ原点にはそんな経験があったと思います。
その後もエコロジー(生態学)に関心を持ち続けて、大学は大阪大学の環境工学科に進みました。最近は珍しくなくなりましたが、当時はまだ“環境”と名のつく学科はほかにありませんでした。最初に興味を持ったのが水質汚染だったこともあり、大学と大学院では河川の水質シミュレーションの研究に取り組みました。ただ、そのころになると公害問題への対策が進み、新たな課題として都市型環境問題や地球環境問題が社会的テーマになっていました。大学での研究から現場の課題解決に関心が移り、環境に関わる案件を扱う民間シンクタンクに就職しました。そこで約25年間、環境省や地方自治体、自動車メーカーなどからの委託調査に携わりました。環境と社会経済との関わり、環境保全を通じた地域活性化、情報通信と環境、森林の活用、環境イノベーションの実証評価や普及等といった新しいテーマに目を向けた仕事に従事した経験が、現在の教育・研究活動の土台になっています。
別世界が見えるマクロ撮影が面白い
最近の趣味は、散歩しながら写真を撮ることです。10年ほど前にSNSを始めたのですが、みなさんが写真を投稿していたので私も撮ってみようと思ったのがきっかけです。特にハマったのがマクロレンズで花の一部分を撮影することです。チューリップの茎と花の接合部なんて普段は見ないじゃないですか。そこをマクロで撮ってみると、すごく頑丈な作りになっているのがよく分かる。「たくましいなあ」なんて思いながら楽しんでいます。チューリップの葉っぱの先端(成長点)もなかなか魅力的です。
見慣れた花でもマクロレンズで思い切り近寄ったり、見る角度を変えたりすると、いろんな見え方をするので面白いんですよね。その面白さは研究とも似ていて、研究も分析の仕方を変えると同じデータから違う発見があったりする。趣味でも仕事でも、そういうことを楽しいと思える自分でいたいと思います。
▲白井教授が撮影したマクロ写真
花のほかにも、石垣の写真を撮るのが好きです。デザイン性があるし、時代によって積み方が違うのも面白いです。私が好きなのは高知城の野面積み(自然石をそのまま積み上げる手法)の石垣と、熊本城の「武者返し」(上に行くにしたがって勾配がきつくなる)。天守閣は焼けてしまったものが多いのですが、石垣には、築城当時から残っているものとしてのありがたみと価値を感じますね。
―読者へのメッセージ―
みなさんが暮らす地域の持続可能な発展を考え、実現していきましょう。みなさん自身が楽しみながら主体的に関わっていくことが大切です。一人ひとりが「地域をこんな風にしたい」という想いを持って行動する。その行動がいろいろな人とのつながりを生み、お互いに支え合う暮らし、豊かな暮らしを創りあげる。それこそが持続可能な地域づくりの理想だと私は思っています。これからの世界に、そして自分が暮らす地域に必要不可欠なこととして「サステナビリティとは何だろう?」という問いの答えを一緒に考え、創っていきましょう。
取材日:2022年4月