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数理工学センターコラム
「ねずみの増殖を表す」

数理工学科 数学を探せ!第8回

アニメのキャラクターなどで人気のねずみ(ハムスター等)。みなさんも小さい頃に1度はペットとして飼ってみたいと思ったことはあるのではないでしょうか。
実は、このねずみ(ハムスター等)の増殖も数理工学で表すことができます。
ねずみの増殖を表すと呼ばれる数理モデルです。非線形の微分方程式で書かれていますが、グラフで示した解は、たとえばある地域のねずみが増える様子を表しています。

数学のどの領域の話か

日本の教育課程では、高校2年から 微分積分を学習します。なぜでしょうか。それは自然や社会の現象を解き明かすのに、大変重要な役割を果たすからです。

解説

まず簡単な例を一つ挙げましょう。

ある町でねずみがどう増えていくかという問題を考えましょう。いま、 $u(t)$ をある日から計って $t$ 日目のねずみの数とします。もっとも簡単なモデルは、その日のねずみの数に比例して増えるというものです。式では、

$u(t+\Delta t)-u(t)=\alpha \Delta t u(t)$

と書けます。左辺は $t$ 日目から $\Delta t$ 日の間に増えるねずみの数であり、右辺の $\alpha$ は増殖率、すなわち一日当たりのねずみの増え高を表す定数です。こうした式を 差分方程式といいます。もし、$\Delta t$ を1とすると、$t$ を $n$ と書いて上の式は

$u_{n+1}-u_{n} = \alpha u_{n}$

になります。これは数学Bで学習する 漸化式です。
漸化式の解は、$n=0$ の値を $u_0$ として、$u_n = (1+\alpha)^n u_0$ です。同じように計算すると差分方程式の解は

$u(n\Delta t) = (1+\alpha \Delta t)^n u_0$

で与えられます。たとえば、$u_0$ を $1000$、$\Delta t$ を $1$、 $\alpha$ を $0.2$ とすると、最初の日に1000匹いたねずみは次の日に1200匹、2日目に1440匹、3日目に1728匹と増えていくことになります。こうした増え方は、級数の言葉を使うと幾何級数的増加といえます。

 実はこのモデルは、18世紀の終わりころにイギリスの学者マルサスが著した「人口論」という書物で初めて出てきたもので、マルサスの法則ということもあります。彼は、上のモデルのように、人口は制限されなければ幾何級数的に増加するが、生活資源は算術級数的にしか増加しないという命題を用いて、経済問題を議論しました。

 ところで、差分方程式を

$\frac {u(t+\Delta t) - u(t)}{\Delta t} = \alpha u(t)$

と書き換え、$\Delta t \mapsto 0$ の極限をとると、左辺は微分の定義そのものですから、

$ \frac{du(t)}{dt} = \alpha u(t)$

という微分を含んだ方程式になります。これを 微分方程式といいます。高校の教科書では発展として取り扱われていますが、マルサスの法則の例からもわかるように自然や社会の現象を理解するのに大変重要な式なのです。
微分方程式の解は差分方程式の解の極限をとったものとして得られます。解 $u(n\Delta t) = (1 +\alpha \Delta t)^n u_0$ において、$\Delta t \mapsto 0$ 、$n \mapsto \infty$ の極限をとり、 $n \Delta t$ を改めて $t$ と書いて、$t$ が有限であると仮定すると、解 $u(t) = u_0  e^{\alpha t}$ が得られます。つまり、幾何級数の解が、微分方程式では 指数関数の解となります。そのため、ねずみの増加の様子は指数関数で表されるといってもいいのです。

微分方程式はニュートンが物理法則を表すのに初めて用いました。その後、さまざまな物理現象が微分方程式とその解を使って解明されました。今では物理だけでなく、社会現象や生命現象を解明するのにも使われています。前回の講座の反応拡散系もその応用の代表例です。また、マルサスの法則の式も $\alpha$ を負とすると、放射性物質の半減期を決めるためにも用いられています。

グラフの説明

グラフの説明

グラフはマルサスの法則の式を拡張した微分方程式

$ \frac{du}{dt} = \alpha (1-\beta u)u$

の解を示しています。この式をねずみの増殖を表すといいます。ロジスティックとは兵站と訳され、元来軍隊における輸送・宿舎・糧食などを扱う業務を意味しますが、現在では物流という意味で広く使われています。

 ねずみの増殖のモデルとして、ねずみの増殖を表すは次のように解釈できます。ねずみが増えてくると、ストレスなどの様々な要因で、増殖率 $\alpha$ は一定でなく、小さくなるでしょう。増殖率がねずみの数に比例して減少するとしたモデルが上の式なのです。つまり、 $\alpha$ の代わりに $\alpha(1-\beta u)$ としたわけです。ねずみの増殖を表すは右辺に $u^2$ の項があるので、一次式だけでは書かれていない方程式です。このような方程式を非線形方程式といいます。世の中の現象をより詳しく調べようとすると、必然的に非線形方程式を考える必要があります。一般に、非線形方程式を解くのはそう簡単ではありません。コンピュータを使って数値的に解を求めることが行われます。

ねずみの増殖を表すの場合は比較的簡単な形をしているので、積分を用いて解が得られます。具体的に関数形を書くと、

$u(t) = \frac{u_0}{ \beta u_0 +(1-\beta u_0) e^{- \alpha t} }$

となります。

この式をグラフで描いたのが最初に示した図なのです。このグラフは次のような特徴を持っています。
最初のねずみの数が $\frac{1}{\beta}$ より少ないと、しばらくはマルサスの法則と同様、指数関数的に増えていきますが、ある日から増え方は減っていき、 $\frac{1}{\beta}$ という一定の値に近づきます。一方、最初のねずみの数が $\frac{1}{\beta}$ より多いと、単調に減っていき、やはり $\frac{1}{\beta}$ に近づきます。マルサスの法則より、より実際のねずみ増え方に近い結果といえます。

この数理モデルを応用する

 実はこの結果は、企業経営においても重要なものなのです。以前、ある企業の方とお話しする機会がありました。その方はこの解は、新製品を発売したときの売れ行きの時間変化に非常によく合っているとおっしゃっていました。そのため、最初の3か月の販売数から、売れ行きを予測でき、そのあとどれだけ製品を作ればいいのかわかるのだということです。

社会で応用できる数理工学

 比較的簡単な例で、微分方程式の重要性を見てきましたが、今後、複雑な自然や社会の現象について、微分方程式を使った数理モデルを作り、コンピュータでその解の様子を調べて、現象を理解するという手法がますます重要になっていくと考えられます。数理工学とはそうした手法を使って、世の役に立つことを目指す学問です。数理が好きな人、数理工学をやってみませんか。
薩摩順吉教授

著者

薩摩 順吉

1946年奈良県大和郡山で生まれました。専門は応用数理で、非線形微分方程式や差分方程式の解を構成する研究をしてきました。最近は差分方程式で従属変数もとびとびの値をとる超離散方程式に取り組んでいます。コンピュータでの計算に適した形をした超離散方程式でどこまで世の中の現象を理解し、説明できるか。それがいま最も興味あるテーマです。
小さい時から計算が好きでした。大学は数理工学科に進みましたが、そこで、数学、物理、工学を学びました。大学院に進学してから先生にも恵まれ、好きな計算を生かせる非線形波動の問題に出会いました。いつも新しい問題にアタックし、何回も計算を間違えながら、その中で面白い解にたどり着く。好きなことを研究のテーマにできたことは大変幸運であったと思っています。
趣味は猫、旅行、ゲーム等ですが、特に数字が入ったパズルがあれば、必ずやってみます。その中でもカックロというパズルが一番好きです。

※この講座の著作権は著者にあります。無断引用や転載等はお断りいたします。
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