学問の地平から
教員が語る、研究の最前線
第16回 日本語教育学・教育工学
本学の教員は、教育者であると同時に、第一線で活躍する研究者でもあります。本企画では、多彩な教員陣へのインタビューをもとに、最新の研究と各分野の魅力を紹介していきます。
第16回 日本語教育学・教育工学グローバル学部 日本語コミュニケーション学科 藤本 かおる 准教授
ICT活用で変わる日本語教育の未来
今後の展望
目標は私の研究が「古い」と言われること
昨年秋、大学の対面授業再開について「授業を正常化する」という表現が使われたことに、私は強い違和感を覚えました。社会と人間の意識が大きく変化した今、対面授業に戻す=コロナ前に戻すことだけが唯一の道ではありません。今までと同じに戻るのではなく、より便利に、より豊かに変わることを目指したい。ICTの活用は、その選択肢を増やすものだと思っています。

日本語教育分野でのオンライン教育は、昨年来多くの先生方が実践したことから関心が高まり、これから研究の幅が広がっていくと思います。問題意識を持つ教師も増え、現場のデータが集めやすくなったため、私も研究がしやすくなりました。今後さらに研究が発展し、教育にICTを使うことが当たり前になって「藤本先生の研究、もう古いよね」と言われるようになることが、今の私の目標です。
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さらに、現在は日本語教育を中心に研究していますが、もう少し研究対象を広げていくことも考えています。今、重度の障害がある方がロボットを遠隔操作して働くカフェが注目を集めていますが、同じようなことは、学校でもできるのではないでしょうか。工学分野など他分野の研究者と協力し、より新しく広い視野でICT利用を考えていくことにも挑戦してみたいと思っています。
教育
ただ一つの正解ばかりではないことを伝えたい
現在学部の授業では、日本語・日本語教育とサブカルチャーを絡めた授業を、大学院では日本語教育へのICT活用に関する科目を担当しています。どちらの授業でも、「好き嫌い」「良い悪い」といった主観的視点だけでなく、客観的に物事を捉える意識を養う大切さを伝えたいと考えながら講義を行っています。

たとえば、学生が日常よく使う言葉に「かわいい」がありますが、サブカルチャーの授業であらためて「かわいい」とは何かを説明するように問いかけると、学生は言葉に詰まります。自分が無意識に使っている言葉の意味を問い直すことで、自分の“普通”を疑う視点が生まれてくるのです。また、豊富なオノマトペ(擬音語・擬態語)は日本語の特徴の一つですが、「カリカリ」というオノマトペを見て、鉛筆で文字を書く音を想像する学生もいれば、梅干しやネコの餌のことだと思う学生もいます。毎日当たり前に使っている言葉も、その意味や解釈は千差万別です。こうした身近な日本語の話題を入口に、世界には「たった一つの正解」はそんなにないことを感じてもらう工夫をしています。

時間に余裕のない現代社会では、人々は単純で断定的なたった一つの正解を求める傾向にあるのではないでしょうか。しかし、世界のほとんどの問題には、ただ一つの答えなどありません。学生には、大学での学びを通じて、さまざまな情報を客観的に見極め、自分なりの正解を求められる人になってほしいと願っています。
人となり
カイロ留学がすべての出発点
私が日本語教育に興味を持ったのは、20代後半でデザイン関係の仕事を辞め、エジプトのカイロに語学留学したことがきっかけです。自分が外国人としてアラビア語を勉強する中で、「非母語話者に自分の母語を教える」という仕事があることを知り、面白そうだし、国際社会においてとても重要な仕事だと感じました。インターネットやパソコンに興味を持ったのもカイロ留学中です。当時のカイロは、ほとんどの家庭の電話からは国際電話がかけられず、日本の家族と手紙でやり取りしなければならないほど不便だったのですが、インターネット通信がその状況を劇的に変えました。メールやインターネット検索の便利さに触れ、このツールがこれから社会や教育を変えていくだろうと感じたことが、オンライン教育への関心の原点です。
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留学後は、エジプトでアラビア語を使った仕事をすることも考えたのですが、外国語学習そのものの面白さにより強く惹かれ、日本語教師の道に進みました。日本に帰国してからは日本語教師養成講座で学び、さらに幅広い知識を得るために放送大学に入学しました。実は私は遠隔授業の学習者としてはダメダメで、放送大学での学びにとても苦労しました。現在の研究は、自分がうまく学習できなかったからこそ、どうすれば誰でも学習しやすい遠隔教育になるのかという思いからスタートしたという面もあります。
普段から着物を楽しんでいます
数年前に和のお稽古事を始めてから、着物にハマっています。以前はお稽古の時にだけ着ていたのですが、コロナ禍で外出が特別なことになってからは、出掛ける時はだいたい着物を着るようになりました。もちろん大学にも着物で来ますし、授業もしています。

着物=高価というイメージがありますが、ユーズドなどを探せばファストファッションくらいの金額で一揃いそろえることもできますし、最近では綿や麻などの自宅で洗える着物が復活しています。今私たちがイメージする“着物のルール”は、昭和に生まれた比較的新しいもの。それなのに、そのルールに縛られて着物がつまらなくなったという側面があります。江戸時代の人にとって着物は日常着だったわけですから、もっと自由に着物を楽しんでいきたいですね。
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―読者へのメッセージ―
人生100年時代を迎えた今、生涯にわたって新しいことを吸収しよう、学ぼうとすることは、生活の質をより高めることにつながります。また、リモートワークで時間の余裕が生まれ、新しく何か学びたいと思う人も増えています。今後は、学びたいと思った時に気軽に学べる環境を社会が提供することが求められますし、時間や場所の制約なく学べる環境を提供することは、少子化で学業年齢の学生が減る中、大学や学校側にとっても重要な課題です。みなさんがいつでもどこでも学び、人生をより豊かに変えていく。その一助になるような研究に、これからも力を尽くしていきたいと思っています。
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取材日:2021年10月