学問の地平から
教員が語る、研究の最前線
第35回 応用数理学
本学の教員は、教育者であると同時に、第一線で活躍する研究者でもあります。本企画では、多彩な教員陣へのインタビューをもとに、最新の研究と各分野の魅力を紹介していきます。
第35回 応用数理学工学部 数理工学科 時弘哲治 教授
多彩な技術分野を支える数理工学
今後の展望
遺伝子から細胞、細胞から器官、そして臓器へ
最近は数理医学分野に興味を持っています。特に、生体の形態形成の原理を調べています。細胞が集まって機能を獲得し、その集合体が器官になり、さらには臓器を形成して一個の生体となる過程を、数学的に記述して、生体における形態形成の基本原理を見出したいと考えています。

詳しく説明すると、遺伝子から人間などの生物までには、大雑把に、遺伝子-細胞-器官-臓器-生体という階層があります。さらに詳しく見ると、遺伝子と細胞の間にも、アミノ酸やタンパク質という階層もあります。
これらの階層は一方向の相互作用ではなく、遺伝子から細胞へ、逆に細胞から遺伝子へ、細胞から器官へ、逆に器官から細胞へという相互作用があります。これには、素粒子から原子が構成され分子を作り、さらにマクロな物質系となるというものとはまったく異なる原理が働いていると考えられます。こうした階層間をつなぐ原理を、数学の言葉で記述することが大きな夢です。

現在、iPS細胞などを使った人工臓器の作成とその医療への応用が盛んに進められています。数理医学はそのための指針を提供することにつながると期待しています。さらに、数理医学分野には新しい数学の要素が潜んでいるように思いますし、可積分系や超離散系の拡張からも新しい有用な数学が生まれるのではないかと期待しています。
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教育
定義を知っていれば、誤解されることがない
講義で用いる概念や言葉(記号)の定義を大事にしてほしいと思っています。
また、分からなくなったら、定義に戻って考える習慣ができると良いと思います。
数学は、厳密に定義され、証明されたことのみを用いる学問なので、数学の言葉を使えば、あるいは数理的に論述すれば、誰にでも誤解されることなく説明を伝えることができると実感してほしいです。

また、知ることよりも分かること、分かることよりもできること、できることよりも創り出すこと、がより意義があると考えてもらいたいと思います。

そして何より、数理工学の重要性を理解して、数理工学を学ぶこと、研究することを楽しんでもらえたら嬉しいです。
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人となり
漫画家になりたかった子ども時代
幼いころ、「鉄腕アトム」という漫画に影響されて、科学に興味を持ちました(笑)。私は覚えていないのですが、大きくなったらアトムのようなロボットを作ると両親に言っていたそうです。
漫画家になりたいとも思っていましたが、絵が下手すぎたのであきらめました。中学生から高校生にかけては、切手収集と魚釣りにはまっていました。

大学の助手になって始めたのが、水泳です。今はやめているのですが、水泳の同好会に所属して、特にのんびりと長く泳ぐ遠泳をしていました。初島-熱海間12キロメートルの遠泳とか、千葉の館山での4キロメートルの遠泳です。スイミングマラソンと言って4人交代で42.195キロメートルを泳ぐという催しにも参加して、とても楽しかったです。

また、日本酒と魚が好きなので、居酒屋めぐりもしています。残念ながら、最近はその機会も減ってしまい、今はだいたい自宅でゴロゴロしています。YouTubeの釣りや漁の番組とか、肩の凝らないお笑い系の番組を見たりもしています。少し長期の時間ができたら、のんびりと一人旅をしたいなどと思っています。
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―読者へのメッセージ―
数学で世の中の役に立ちたい人へ
工学の定義は次のとおりです。
 
”工学とは、数学と自然科学を基礎とし、ときには人文社会科学の知見を用いて、公共の安全、健康、福祉のために有用な事物や快適な環境を構築することを目的とする学問である。その価値は、地球規模での人間の福祉に対する寄与によって判断される”
数理工学は工学の一分野です。数理工学では、この目的のために高度に発達した数学を用い、この価値判断の基準に従って課題を定めています。私の研究も数理工学分野の一つの研究です。なかなか理想通りには行きませんが、さまざまな数学を工学の目的のために役立てることを目指しています。

私の学生時代には、原子力工学や宇宙工学が注目を集めていましたが、現在はAIなど情報技術の重要性が高まっています。学問・研究にも時代の流行があり、産業界でもてはやされる分野も時代とともに変わってゆきます。数理工学は表舞台に立つことの少ない学問分野ですが、時代によって注目度も重要性も変わることなく、常に必要とされ発展してきた学問です。

現代の数学は高度に抽象化されていて,専門に研究している人以外には難解で,ある種神秘的なものにさえ見えるかもしれません。ただ、数学の研究も、あまたある人の営みの一つには違いなく、その価値を見い出すのもまた人です。数理工学を通じて数学と人との強いつながりを感じていただければ大変嬉しく思います。
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取材日:2023年5月