学問の地平から
教員が語る、研究の最前線
第44回 国際法学
本学の教員は、教育者であると同時に、第一線で活躍する研究者でもあります。本企画では、多彩な教員陣へのインタビューをもとに、最新の研究と各分野の魅力を紹介していきます。
第44回 国際法学法学部 法律学科 佐俣 紀仁 准教授
国際組織に関わるルールの今を読み解き 未来を展望
今後の展望
「アカウンタビリティ」という考え方や言葉が国際法に及ぼす影響を理解したい
国際法において「アカウンタビリティ」という言葉や概念がなぜ使われるようになっているのか、そのことが国際法にどのような影響を持つのかに対して、自分なりに答えを見つけたいと思っています。

法学の世界は、言葉や概念を大切にします。そして、それぞれの言葉や概念には「定義」があり、それらがカバーできる範囲は決まっています。例えば、刑法の殺人罪や、民法の不法行為の定義を調べてみるとわかると思います。

しかし社会は常に動いていますので、しばしば、従来の言葉や概念では捉えられない新しい問題が現れます。例えば「ハラスメント」です。その言葉が意味するところは、刑法でいう強要罪や不同意わいせつ罪といった既に存在する法学の言葉だけでは上手にカバーできません。ハラスメントという言葉の普及は、社会が法の概念でカバー「されていない部分」に注目しようとしているメッセージなのかもしれません。そんな場合には、法の世界の側が新たな言葉を少しずつ取り込んで、そうした社会の需要に応えるということがあります。いじめ、DV、ストーカー等々、ほかにもいくらでもそういった例はあります。
国際法の世界では、「アカウンタビリティ」という言葉や概念を学者たちが盛んに論じるようになりました。これは、単なる一時的な流行に過ぎないのか、それとも、国際社会の新たな社会課題に対応するために生み出された言葉として、今日の国際法の欠陥や足りない部分をあぶり出して、国際法を進歩させるきっかけになるのかどうか…。こんなことを今後の研究によって理解していきたいと考えています。
また、今日、民間企業やNGOsの存在感を無視することはできません。これまで、国際組織の正規のメンバーシップは国家にのみ認められてきました。しかし、近年、国際組織が民間企業やNGOsとの関わりを強めて、資金や技術の提供等を受けるケースも増えています。今後は、国際組織と企業やNGOsとの関係を規律するルールが一層発展していくと思いますので、様々な国際組織の事例に目を配りながら、研究を進めていきたいです。
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教育
法の根本的問題に目を向ける国際法の学び
「就職や資格試験で有利になる」という意味での実用性は、国際法にはやや期待しづらいかもしれません。国際法の専門的な知識が問われる職業は、そう多くないからです。ですが、資格試験等との関係での縛りが少ないからこそ、授業では、自分が面白いと思うことをじっくり丁寧に話そうと心がけています。例えば、国際法と密接な関係がある歴史のこと、今あるルールの背景にある様々な利害の対立、さらには一見不思議に思える法制度の存在意義などです。

実用性は高くない、とやや自嘲気味に言いましたが、国際法の知識や考え方には、法学全般に関する学びを一歩深めるヒントがたくさんあります。例えば、国際社会には世界政府がないので、ある国が自国に不利な国際裁判の判決を無視しても、現状を強制的に変えることができない場合もあります。例えば、南シナ海に関する仲裁での中国の敗訴(2016年)と、その後の判決の無視が知られています。
法学部で国内法を学んだ皆さんは、このような状態は「おかしい」と思うかもしれません。日本国内では、裁判所という国家機関が判決を下して、その判決はまた別の国家機関によって執行されます。しかし、少し立ち止まって考えると、そういった私たちが暗黙のうちに想定しがちな「強い国家」は、いつでも、どこにでも存在するわけではないことに気づくはずです。日本も、西洋型の国家の仕組みを取り入れたのは明治時代以降です。21世紀の今日でも、海外に目を向ければ、破綻国家と呼ばれるような、政府機関が十分に機能していない国もあります。こうした観点からは、「現代の日本社会」を前提に法のあり方を考えることもまた、「おかしい」と言えそうです。
 
国際法を学ぶことで、「現代の日本社会」以外の社会があること、そして社会が変われば法も変わることをより深く理解できます。学生には、国際法を勉強することで、法と社会の関係性に対する鋭敏なセンスを身に付け、磨いていってほしいと思っています。
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▲学生との合宿(法政大学、岡山大学と合同)

人となり
「国際社会」との出合いはタイでの国際協力ボランティア
「国際的なもの」との最初の出合いは、大学1年生の春休みでした。タイの山岳少数民族の村に行き、1カ月ほどボランティアをしたのが始まりです。ミャンマーとの国境に近い小さな村で、簡易的な水道や水洗トイレを作る手伝いをしたのですが、初めての海外だったこともあって、毎日が刺激的な経験の連続でした。村の方々やタイの学生さん、言語や文化の違う人と濃密な時間を過ごす中で、漠然と「広い世界のことを知りたい」と思うようになりました。今振り返ると、人生の転機の一つでした。
2年生になって、とりあえず「国際」と名の付く法学部の授業を手あたり次第に受けました。そこで出合ったのが国際法です。その授業を担当されていたのが、国際組織法、特に国際組織の責任に関する第一人者である植木俊哉先生(東北大学理事・副学長、大学院法学研究科教授、国際法学会代表理事)でした。国際社会と国内社会の相違を踏まえて、さらに、しばしば実際の外交の現場でのエピソードなども交えて、国際法の特徴を丁寧に解説してくださる講義が毎週楽しみでした。また、国際社会全体を扱う国際法のスケールの大きさにも魅了されました。そのまま植木先生のゼミを履修し、学部、大学院とご指導いただきました。植木先生から教えていただいたことは、研究者、教育者としての私の価値基準を作る上で強固な土台となっています。
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▲タイ山村の小学校を訪問(2024年3月)。タイの経済成長の影響の下、山村の生活環境もここ10年で急激に変化している

わが家はチャパティーブーム
自分の手を使ってものを作るのが昔から好きです。少し前には、木工でバターナイフやジャム用のスプーンを作ったり、はんだごてを使って古いエレキギターの修理をしたりしました。自分で作れるものは作ってみたいし、修理できるものは直してみたいですね。

その延長線上で、ネットでレシピを調べて、行ったこともない国の食べたこともない料理を作ったりもします。今家族でハマっているのは、「チャパティをいかにうまく膨らませて焼くか」。チャパティは、全粒粉と水を練った生地を焼いたインドの無発酵パンで、上手に焼くとまん丸く膨らむんです。YouTubeでインドの方がおいしそうに膨らませながら焼いている動画を見て感動しました。それ以来、連日チャパティをこね、焼き、食べています。うまく膨らませた焼きたてのチャパティを家族に渡すと、「パパすごーい!」ってみんな大喜びで食べてくれます。そして私は「ふふ、父ちゃん頑張ったぞ」って一人で悦に入ります。ささやかな幸せですね。
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―読者へのメッセージ―
今まさに起こっている国際情勢について、SNSでは「強制力のない国際法には意味がない」「国連は無意味だから解体した方がいい」といった発言をしばしば目にします。しかし、国際法を少しでも学ぶと、こうした発言は単純化が過ぎて、正確性を欠いていることに気付けるはずです。何かと分かりやすさが重視される時代ではありますが、単純化される過程でそぎ落とされた要素の中にも、大切なことが含まれています。国際法の世界に触れることで、物事の複雑さ、困難さを正しく理解し、受け止める力を高めていただきたいと思っています。
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取材日:2024年2月