学問の地平から
教員が語る、研究の最前線
第42回 行政学
本学の教員は、教育者であると同時に、第一線で活躍する研究者でもあります。本企画では、多彩な教員陣へのインタビューをもとに、最新の研究と各分野の魅力を紹介していきます。
第42回 行政学法学部 政治学科 渡辺 恵子 教授
多様な公務員が力を発揮できるための職場環境を考える
name
Profile
東京大学法学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。文部科学省に勤務後、東京外国語大学、東京学芸大学、国立教育政策研究所を経て、2023年4月より現職。国立教育政策研究所客員研究員・名誉所員。専門は行政学、公務分野の人的資源管理、教育行財政。
今、日本では国家・地方を合わせて約330万人以上の公務員が働いています。公務員は、安定した職業として人気を集めてきましたが、近年は中央省庁での長時間勤務など労働環境の課題が指摘され、「ブラック霞が関」という言葉も生まれました。公務員を取り巻く現状を検証し、やりがいを持って働き続けられる環境整備、客観的根拠に基づくより良い政策の実現を目指す渡辺教授の研究を紹介します。
研究の背景
国家公務員から研究の道へ
私は政治学の一分野である行政学を専門とし、その中でも、公務労働の人的資源管理や教育行財政に関する研究に取り組んでいます。

大学卒業後、文部省(現・文部科学省)にⅠ種職員(現・総合職)として入省し、初等中等教育局、高等教育局、大臣官房人事課などでキャリアを積みました。そこで私自身も経験したいわゆる“霞が関”の仕事は、その成果が直接社会を変える力を持つ、重要でやりがいのある仕事ですが、よく世間で話題にもなるように大変なものでもあります。公務員が働く環境の質の低下は公務の質、ひいては国民や住民のみなさんの暮らしにも悪影響を及ぼしてしまいかねません。公務員の働き方への問題意識や教育政策への関心と経験を土台として、現在は特に公務員の人事管理、政策の裏付けとなるエビデンスの構築や検証に関する研究を進めています。
sub1

研究について
高校における探究学習の効果を検証
-日本でも進む「根拠に基づく政策立案」-
日本では今、各省庁の政策立案において、EBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング)を進める動きが広がっています。EBPMとは、簡単に言うと、データなどの客観的な根拠に基づいて政策を企画立案する、という考え方です。その流れを受けて、前職の国立教育政策研究所時代から、文部科学省が行う教育行財政の根拠となる研究や政策の効果検証などに取り組んできました。
直近では高校の学習指導要領に加わった「探究学習」によって、高校生の意識や態度がどのように変化したかを分析しました。

探究学習とは生徒自身が課題を発見・設定し、その解決に必要な情報を集めて整理・分析し、討論などを通して解決策をまとめて表現する、一連の学習活動を言います。今回の研究で調査対象としたのは、学習指導要領の改訂に先駆けて探究学習を導入していた神奈川県内の高校です。この学校では地域と協働した探究学習活動に取り組んでおり、活動による生徒の変化について、生徒たち本人へのアンケートなどを基に分析しました。
sub2

▲渡辺先生の著書

-生徒の意欲や積極性を高める探究学習-
分析の結果、探究学習の取り組みが生徒の地域貢献への意欲、協働への積極性、自己肯定感、主体的に学習する姿勢を高め、特に教科の成績が下位層の生徒がより自己の成長を実感しているという分析結果が得られました。

この「成長実感」については、その生徒がどんなテーマに取り組んだかの影響を受けることも分かりました。分析によると、高い成長実感を得られた教科成績下位層の生徒は、「子ども」「福祉」「住みよい街」など、自分に身近なテーマを選択する傾向がありました。一方、教科成績が上位層の生徒は「産業」など比較的複雑なテーマを選んでおり、その場合、テーマ自体の難しさゆえに思うように学習を進められず、結果的に成長実感が得にくくなると考えられます。こうしたことから、地域と協働する探究学習においては、自分の将来や生活に結びつけやすく、一人ひとりが関心を持って取り組めるテーマを選ぶことの重要性が示唆されました。今回の結果が、いずれ学校現場での実践や教育政策に貢献するものになればと考えています。
sub3

ノンキャリアの昇進構造の実態を把握
-国を基盤を支えるのは9割のノンキャリア-
公務員の人事管理については、昨年、“ノンキャリア”の国家公務員に焦点を当て、その昇進競争の実態に関する論文を公表しました。

現在、日本の国家公務員は大きく総合職、一般職、専門職に分かれ、一般的に、幹部職員や幹部候補の総合職は“キャリア”、一般職は“ノンキャリア”と呼ばれています。みなさんが「国家公務員」と聞いて真っ先にイメージするのは、国会議員とやり取りするようなキャリア職員かもしれませんが、実は国家公務員のうちキャリアはほんの一握りで、9割以上をノンキャリアが占めています。にもかかわらず、少し前に行われた公務員制度改革ではキャリアの人事管理にばかり注目が集まり、制度改革によってノンキャリアの働き方がどう変わるのかについては、ほぼ議論がなされませんでした。国家公務員の大多数を占めるノンキャリアの働き方こそ、国の基盤を支える課題であるにも関わらず、そのことへの配慮なく改革が行われたのでは、という問題意識を持ったことなどから、ノンキャリアの人事に関する研究を始めました。

今回の論文で取り上げたのは、中央省庁の地方出先機関である地方支分部局などで採用されたノンキャリアが本省に異動して昇進する、という昇進構造です。対象となるノンキャリアの昇進実態を長期間追って調査した結果、地方採用のノンキャリアには、早期に幹部候補として選抜されて本省に転任し、その後地方支分部局などの管理職になる特別なキャリアルート(いわゆるファスト・トラック)が存在することや、ファスト・トラックに乗った人たちのグループの中では、長い間昇進競争が続く“遅い選抜”が行われていることなどを実証しました。
-公務員のモチベーションも多様化する時代-
こうした昇進構造の実態を明らかにする研究は、今後、省庁が時代の変化に対応し、良い人材をどう確保していくのかを議論する土台になると考えています。「地方支分部局で早期選抜された人が本省に異動する」というルートがなぜつくられたのかと言えば、こうした昇進の道を用意することが、かつてはノンキャリアの仕事のモチベーション向上に繋がっていたからです。しかし、近年は仕事への意識が多様化し、昇進が仕事のモチベーションに繋がらないという人も増えています。従来の昇進構造は果たして今後も機能するのか、今後良い人材を確保するにはどのようなモチベーション向上策が効果的なのかを検討する上でも、まずは実態を明らかにすることが不可欠です。研究を通して現状を明らかにしていくことで、ノンキャリアの働き方に注目が集まり、議論が盛んになることを期待しています。
sub4